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  労働者文学作品集

戯曲     二〇六二年・夏  その二     村松孝明

  登場人物

  相談官
  老人2
  弁護士

 サギ電力福島原発爆発事件から50年が経ったある夏の暑い日。テーブルの前に相談官(若い女)
が座っている。テーブルの上にはパソコンが一台、その前に折りたたみ式の椅子が二脚。簡素な
相談官室だ。

 相談官 次の方どうぞ。
 (無表情な老人が乗った車椅子を押しながら、中年の男(弁護士)が現れる)
 相談官 どうぞお掛け下さい。
 弁護士 山下俊太氏の弁護士です。(名刺とハガキを渡す)
 相談官 山下さんどうされましたか。
 弁護士 実は認知症でしてね。この通りで。原発の廃炉作業なんて重大な任務は、とても果た
せないかと。
 相談官 (パソコンを覗きながら)山下さんですね。長崎出身の被爆二世ですか、長崎大医学
部教授で、ああ、福島で講演されて大活躍でしたね。動画も残っていますよ。「これからフクシマ
という名が、世界中に世界中に知れ渡ります。フクシマ、フクシマ何でもフクシマ。ヒロシマ、
ナガサキはフクシマに負けた。フクシマの名前の方が、世界に冠たる響きを持ちます。ピンチは
チャンス最大のチャンス。何もしなくってもフクシマは有名になっちまったぞ」
老人2 (立ち上がって白衣を着る)放射線の影響は実はニコニコ笑っている人にはきません。
クヨクヨしている人にきます。これは動物実験で明確にわかっています。
 相談官 (エプロン着た主婦になって)ニコニコ笑ったりクヨクヨしたりする動物って、どん
な動物ですか。教えて下さい。
 老人2 環境の汚染の濃度が、毎時100マイクロシーベルトを超えなければ、全く健康に影響
は及びません。ですから5とか10とか20とかのレベルで外へ出ていいかというと、明確にいい
と言えます。昨日もいわき市の方で、外で遊んでもいいですかと聞かれたので、どんどん遊んで
下さいと答えてきました。ここ福島市も同じです。子供たちを外でどんどん遊ばせて下さい。
 相談官 そんなこと言うからうちの子も外で遊ばせてしまって、ガンになって、一緒に遊んだ
子供たちも……。(泣く)
 老人2  内部被ばくの方が外部被ばくより10分の1リスクが少ない。でも、外部被ばくと同
じ基準で論議しています。二つのスタンダードを作っていると混乱しますから、内部被ばくも外
部被ばくも同じような基準を作っています。ですから、いまの基準は幾重にも安全に厳しく作っ
ているというふうに考えて貰っていい。
 相談官 外部被ばくはその場を離れれば影響しないが、内部被ばくは排泄されるまで影響が続
くのではありませんか。なぜそんな大嘘ついたんですか。これらの発言が世界中に流れて、日本
の科学全体を貶めた。フランスの国立科学研究センターの研究者からは「科学詐欺」とまで言わ
れてしまった。
(相談官はエプロン、老人は白衣を脱ぎ元の姿に)
 弁護士 そんなこともあったんですか? いまは反省しているのでしょう。苦しんで苦しんで、
すべてを忘れてしまったんですよ。時の政権の意を忖度して、とんだ失敗をやらかしたんですね。
 相談官 そのために多くの犠牲者が出てしまった。科学者は真実を言えばいいのです。政治家
のような真似をしてはいけません。(急に沈黙)あっ!あれ!あれ、あれれ!変、変だ。あなた、
山下俊介さん?
   弁護士 山下俊太です。私は最初にそう申しましたよ。
 相談宮 1986年生まれの山下俊太さんですね。ごめんなさい、私としたことが……お父様の山
下俊介さんで見ていました。どうも変だと思っていました。よく似ているので、名前ばかりか顔
もそっくりではありませんか。
 弁護士 ごもっともです。
 相談官 大変失礼致しました。
 弁護士 いや、いいんですよ。結局この人も親の言動を背負って走って来たんですから。地元
の大勢に無駄な被ばくをさせてしまったんです。
 相談官 エーと、(パソコンを操作しながら)ヤマシタ、シュンタ、山下俊太さん、ウーン、あ
なたもいろいろしてくれたんですね。子供の甲状腺がんでも、チェルノブイリは五年目から出た
ので2、3年で出るとは考えられない。原発事故の影響ではないと言いきって、テレビや新聞で
大活躍でしたね。
 弁護士 確かにご活躍でした。
 相談官 がんの罹患率の高い地域と比較して、福島が特に高くないと誤魔化し続けた。それが
ばれてからは、がん登録法を盾にして逃げ回った。つまり、生前は親の尻拭いに奔走したわけで
すね。いや失礼、現役時代は……。
 弁護士 いやいや、こうなっては死んだと同じですよ。なんも分からんのですからね。哀れな
もんです。
 相談官 いや、何もかもよく分かっていらっしゃるのではないですか。
 弁護士 アッ、申し遅れました。これが病院の診断書です。重度の認知症と診断する。東大病
院。どうですか、これほど確かなものはありません。なにしろわが母校の東大ですからね。
(診断書を勝ち誇ったように突き出す)
 相談官 こんなものは当てにはなりません。
 弁護士 君ね。これを信じないで何を信じるんですか。
 相談官 医師仲間のこんな紙切れ信じるわけにはいきませんよ。おや、東大病院医師、山下太
郎、山下太郎、どこかで聞いた名前ですね。ご子息ですね。こんなので免除にしていたら、一人
も現地に送り込めなくなる。今は国家存亡の非常事態ですからね。廃炉作業がアクシデント続き
で10年も遅れているんですから。ごね得というわけにはいきませんよ。
 弁護士 こんな半分死んでいるような者を、現地でどうやって使うんです。足手纏いになるだ
けでしょう。
 相談官 現地に行くと見違えるほどシャキッとしますよ。生前に先生がおっしゃっていたよう
に、放射線を浴びると元気を取り戻すかもしれませんよ。
 老人2 セイゼン。
 相談官 エッ、私、何か失礼なこと言ったかしら。
 弁護士 いや、何言ってもわかりゃしませんよ。一日中こんな調子でボーとしているんですか
らね。現役中は大活躍した先生のようですが、こうなってはお終いですな。一生分を喋り切って
しまったんでしょうかね。医学者にあるまじきことを、根拠もなく親子二代べらべらと喋りまく
っていたようですからね。食事も介護が必要ですし、糞尿だって垂れ流しですわ。今だってオシ
メですよ。参考までに見せましょうか。
 老人2 (独白)うーん、言わせておけばいい気になりやがつて、こいつは、即刻クビだ。黒
を白とスマートに言いくるめるのが弁護士の仕事ではないか。手前の実力のなさを棚に上げてク
ライアントをこき下ろすなんてもっての外だ。クビだ、クビだ。帰ったらすぐ、クビにしてやる。
優秀な弁護士だというから雇ってやったのに、役人の言うことに同調ばかりしやがって、役立た
ずな奴だ。
 緊急放送 火災発生、火災発生。直ちに避難して下さい。繰り返します。火災発生しました。
直ちに避難して下さい。特に相談官室は直ちに避難。直ちに避難。(サイレンの音が響く)
 老人2 (そわそわして車椅子から立ち上がり、やがて颯爽と走りだす)
 緊急放送 ただ今の火災は誤報でした。誤報です。間違いでした。ただちに職務について下さ
い。
 相談官 (笑いながら)皆さんいろいろな手を使いますので、こちらもいろいろと工夫してい
るのですよ。立派な走りを見せて貰いました。これだけ動ければ燃料棒やデブリだって立派に
扱えますよ。立派なものです。
 弁護士 (慌てて)いやー、この人の、親父さんは長崎で被爆しているんです。幼児のころか
らその時の場面を、何度も何度も聞かされていてね、身についているんですよ。脳と連動してな
くても、体が勝手に動いてしまうのです。ある一定の条件を与えてやれば、勝手に反応するんで
すよ。そうそう、パブロフの犬ですよ。 犬、犬、犬、全く哀れな犬です。犬ですからね、時どき
こんな現象を起こすんです。(笑い)
 老人2 (独白)犬だと、弁護にかこつけて言いたいことを言いやがる。これがこいつの本心
に決まっている。クビだ、クビだ、絶対にクビにしてやる。
相談官 山下さんは何でも利用するんですね。被曝三世から。認知症まで利用するなんて。認
知症で苦しんでいる人を馬鹿にしてませんか。
それでも医者ですか。人間ですか。
 弁護士 いや、人間の形はしているけど、もう人間じゃありませんよ。糞尿垂れ流しの、犬猫
にも劣る畜生です糞の役にも立たないとはこのことです。犬でさえ泥棒除けぐらいにはなるけ
ど、このじい様ときたら、泥棒に入られても知らん顔ですからな。
 相談官 あなたね、いくら弁護士だからって、言っていいことと悪いことがあるでしょう。こ
れがあなたの弁護技術ですか。人類を冒涜するような発言はやめて下さい。
 老人2 (独白)そうだ、そうだ、姉ちゃんいいこと言うじゃないか。こいつは即刻クビだ。
 相談官 (パソコンを覗きながら)山下さんの脳は立派なものですよ。脳の委縮もなければ脳
血栓や脳梗塞の痕跡もない、脳年齢五十代のきれいな脳です。特に前頭葉の発達には目覚ましい
ものがあります。この立派な脳が使い方を間違えて、放射能まみれの土地に住み続けても、安心
安全だと言い続けたために、大勢の人が被害にあってしまった。その責任はきっちり取って貰わ
なければなりません。
 弁護士 あなたね、何を見て言っているのかわかりませんが、この診断書のとおり立派な認知
症なんですよ。
 相談官 それが偶然にもこの診断をしたのは、東大病院の山下太郎教授です。
 弁護士 どういうことです。
 相談官 今年75歳になる人の名前を伏せて、脳の解析をあなた達の大好きな一流病院に依頼し
たのです。いくら人手不足だと言っても認知症の人に廃炉作業をさせては、余りにもリスクが大
きすぎますからね。偶然ですがこの人のお子さんが、非の打ちどころのない完璧な脳だと診断さ
れたのです。いくら名医でも親の脳だとまでは見破れなかったようですね。
 弁護士 しかしね、これも立派な診断書ですからね、それは何かの間違いではありませんか。
あなたはさっきもこの人の親と間違えたではありませんか。
 相談官 今度は大丈夫。他にもデータはありますよ。(パソコンの画面を向ける)この映像は昨
夜のご自宅での夕食会ですね。
ビフテキに赤ワイン、おや、最高級のロマネ・コンティではない
ですか、彩り豊かな料理、美味しそうなフルーツが山盛り、豪勢な食卓ですね。食欲も旺盛です。
車椅子どころか、あちこち歩き回っていますよ。
それに比べて、弁護士さんあなたは隅の方で小
さくなっていますね。かなりの剣幕で怒られています。声も再生しましょうか。
弁護士 いや、結構です。しかし、どうしてこんな映像が?
相談官 知りたいですか。
弁護士 ぜひ、後学のためにお聞かせ下さい。
相談官 本当は秘密なんですよね、これは。なぜか秘密となると喋りたくなってしまう。不思
議ですよね。これが漏れると罰せられる。あなた弁護士だからわかっているわよね。そそのかし
たあなたも、喋った私も罰せられる。でも、無性に喋りたくなるのよね。これって。
 弁護士 (何度も頷いて)ちょっとだけ。
 老人2 (先ほどから興味を持ち出す)
 相談官 ではちょっとだけよ。(老人に向かって)わかった?
 老人2 (何度も頷く)
 相談官 (囁くように)実は、最近の電化製品には小型のカメラが据え付けられるようになっ
たんです。
 老人2・弁護士 エッ!(と声を上げる)
 相談官 だから、個人番号を打ち込んで見たい時間を設定すれば、殆どの場合このような映像
が出てくるのです。無駄な抵抗はやめなさい。
 弁護士 しかし、私も弁護士ですからね、このまま黙って引き下がるわけにもいきませんよ。
この診断書がある以上は、あなただって無視するわけにはいかんでしょう。
 相談官 あくまでもこの診断書で押し切るとしたら、第三者に診断してもらいます。そこでこ
の診断書は偽装だとなると―これを書いた山下太郎教授は、 医師免許剥奪ということになりかね
ませんよ。よろしいですね。
 老人2 それは駄目だ。おまえはクビだ。
 暗転
 相談官 次の方、お待たせしました。

(『労働者文学』第75号、2014)
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