労働者文学会ホームページ



トップページ 労働者文学 購読お申込方法 労働者文学賞 活動と入会申込 リ ン ク
 

  労働者文学作品集

小説  ラ ス ト ラ ン 小澤康秀

 夜明け。その日の朝はいつも訪れる朝にちがいなかったが、藤巻章平にとっては特別な朝であ
った。国鉄在職三十九年、電車運転士生活二十五年最後の乗務となる記念の日であった。
 三月生まれの彼はたまたま退職の日が年度末と重なって、有給休暇を含めて一週間前の今朝が、
最後の乗務であった。最終乗務は泊仕業の明けの仕事で、豊田電車区から出庫電車を担当し三鷹
駅で段落したのち東京・豊田間の一往復の行路であった。明け方ベッドにいる藤巻を「起こし
番」の者が起しに来て目が覚めた瞬間、彼は「ああ、今朝の仕事で最後だ」そう自覚した。彼は
身支度を整え、運転当直に顔を出した。
 朝の起床点呼の時の運転助役の対応は、何の愛想もなく藤巻の心情に合わせる言葉掛けもなか
った。最後の乗務に対するねぎらいの一言があってもいいだろう。藤巻はむっつりした助役の顔
を見つめながらそう思った。個人の特別な思いは他人によってすぐ裏切られるものだ。仕事に汲々
としている末端管理者の彼にとっては一人の乗務員の最後の乗務など他人事なのだろう。藤巻は
気をとりなおして、携帯鞄とブレーキ弁ハンドルを持って電車区構内に出た。広い電車区の留置
線には早朝の清々とした春の空気が立ち込めていた。遠くの山にはまだ雪渓が残っている。藤巻
は早朝の空を仰いで深呼吸をした。いよいよ最後の乗務である。出庫点検作業も一つ一つの操作
が意味のあるものに感じた。
 電車区構内から電車を引き出し、本線に据え付けてから発車時刻を待った。やがて時間が迫り、
車掌がドアを閉める。最後の東京一往復の始まりである。藤巻はしっかりした口調で信号喚呼を
行った。右手で指を差し、
 「出発進行!」
 普段と異なっていた。日常的には慣れで殆ど無意識、無自覚である。今朝は一つひとつ自分に
言い聞かせるように確認作業を行う。ブレーキを緩解し、主幹制御器のハンドルを回してノッチ
を入れる。電車が十両編成の重さを身体に伝えながらゆっくり動きだした。藤巻はそれを特別な
事のように受け止めた。見慣れた中央線の景色も、今朝はいつもと異なって新鮮に見えた。国分
寺駅停車。僅かな時間の間に藤巻は、この駅に関する出来事を想起する。かって国分寺駅には「下
河原線」という支線が接続していて、その終点は「東京競馬場駅前」という長たらしい駅名であ
ったことを思い出した。沿線地域の住民の利用は僅かだが、競馬場開催のとき馬券を求めてやっ
てくる競馬ファンのための営業線であった。開催日に満員の乗客を乗せて「東京競馬場駅前」に
着くと、折り返しの待ち合わせ時間に競馬場の中を覗くこともあった。鉄道の制服を着て行くと
フリーパスで入場することが出来た。競馬に興ずる大勢の観衆の様子を望むことができた。
 豊田駅を発車してから約二十五分、三鷹駅に到着する。ここで段落しをとって担当してきた電
車を交代乗務員に引き継ぎ、藤巻は四十分程の休憩に入る。線路脇の三鷹乗務員詰所で休憩をと
る。そこには当日出勤の乗務員がたむろしている。藤巻は他区の乗務員で若干の遠慮はあるが、
お互い公務ということで詰所を自由に使う。泊まり明けの仕事のために、ここで軽い朝食を摂る。
外出して食事をとる場所も時間も無い場合に備えて、詰所にはガスコンロや電熱器、什器などが
用意されている。間に合わせの一食にインスタントラーメンをつくって食べるのが定番になって
いた。彼はインスタントラーメンをつくり、生卵を割ってそれをかけて啜った。金額は各自良心
的に備えられている箱の中に投入する。藤巻は食事を終えたあと新聞などに目を通した後、三十
分ほど休憩した。時間がくると彼は余裕をもってホームに出た。いよいよ東京を回って豊田駅ま
での最終の乗務である。交代乗務員は顔見知りの男だった。運転台から降りる際に、
 「異常なし!」
 大きな声で告げた。藤巻もそれに答えた。
 運転席に座り、片手を挙げた。
 「出発進行!」
 電車はゆるやかに起動し始める。三鷹の駅も中央線の高架に伴って景色が変わった。戦後世情
を騒がせた三鷹事件はこの小さな町で起こった。三鷹電車区構内の一番線から暴走した無人電車
が、駅前の交番派出所を粉砕し、道路に飛び出して運送店の中に突っ込んで転覆して止まった。
駅通路横断中の乗客六人が即死し、犠牲になった。一九四九年七月十五日のことである。下山・
松川と続いた戦後史に残る国鉄三大フレームアップのこの事件は闇のなかに葬られたままである。
犯人に仕立てられた死刑囚竹内景介さんは、獄中で「くやしい」と訴えながら脳腫瘍のため亡く
なった。三鷹電車区の0番線には当時の六三型車両が事件を風化させないよう、長い間留置され
ていたのを記憶している。
 中野駅到着、客扱い時分二分。藤巻は少し目に疲れを覚えた。首をゆっくり回す。中野駅を発
車して間もなく進行右手に中野電車区構内が見える。ここにも思い出がある。運転士見習いから
独り立ちの乗務員になって間もなく、中野泊まりの仕業についた。夜遅く中野について一泊し、
翌朝中野駅から荷物電車を運転する仕事であった。電車区構内のはずれに遅くまで開いている一
軒の居酒屋があった。もつ煮やおでんで一杯やれる親父一人の店で、中野泊まりの乗務員たちは
大概ここで寝酒を一杯あおってからベッドに就いたものであった。おおらかな時代で飲酒も特別
うるさくはなかった。藤巻はその夜仲間と一杯飲んだあと、未明の起床時までぐっすり寝込んで
いたのであろう。一度起こしにきた整備係りが再び寝込んでしまった彼を二度目に起こしに来た。
 「運転士さん、時間です。遅れますよ」
 藤巻はがばと跳ね起きて腕時計を見た。駅ホームに据えつけてある電車の発車時間が迫ってい
た。二段ベッドの上に寝ていた藤巻は「あっ、あっ」と大声をあげながら、上段から飛び下りた。
そのドタバタの騒ぎで相部屋に寝入っている五人の先輩たちを皆起こしてしまった。
 「今朝の豊電の0の仕業は誰だ」
 あとから叱責の言葉が伝わってきて、おおいに顰蹙を買ったことを思い出す。あれから年月が
過ぎ二十五年大過なく本線乗務を続けてこられた。飛び込み自殺の死傷事件の経験も三件ある。
いろいろあった。藤巻は大きく息を吸い込んだ。
 電車は新宿駅を過ぎ四谷・お茶の水を経て、やがて東京駅に到着する。ここで折り返して豊田
駅まで運転すればいよいよ終了となる。あと復路一丁である。東京駅に到着して藤巻は、常用ブ
レーキを掛けて制動弁ハンドルを抜き取る。主幹制御器のキーをはずし、懐中時計と仕業カード
を制服のポケットに入れる。スウィッチ整備を確認した後、鞄を携帯してホームに降りた。名残
尽きない思い出が胸に湧いた。プラットホームを歩きながら、彼は東京駅での歴史的な労働争議、
闘争のことを思い浮かべた。一九六九年D労組が抱えていた反合理化・助士廃止反対闘争であっ
た。藤巻の同僚、仲間の二人が東京駅で指名ストに突入、労組の管理下に入り運転して到着した
電車をそのまま置き去りにして職場放棄したのである。
 東京駅一番・二番線に電車は無人のまま放置され、全線は長時間ストップした。首都圏を震撼
させたこの戦術は国鉄当局はもとより政府も巻き込んで問題となった。少数労組の存在を社会に
知らしめた闘争であった。当該乗務員二名は懲戒免職処分となった。解雇された二名の仲間を抱
えて組織は強化され運動は高揚したのを覚えている。今日の状況から見ると隔世の感がある。
 下り運転台に移った藤巻は発車合図を待ちながら、遠くを眺めるような表情で回顧に浸った。
豊田駅に到着すれば全てが終わる。人生・運命・出会い・めぐり合わせ・さまざまな思いが胸に
去来した。発車合図のチャイムが鳴った。
 「出発進行!」藤巻はしっかり喚呼して、マスコン・ハンドルを2ノッチに投入した。電車が
起動し始める。最終行路、豊田駅までの約一時間である。見慣れた沿線の景色も今日は一味異な
ったものに見える。やがて武蔵小金井駅に到着。一刻一刻と大切なものが過去に消されて行くよ
うな奇妙な感じにとらわれる。
 武蔵小金井駅を出て間もなく右側に武蔵小金井電車区の構内と庁舎が見えた。ここにも忘れが
たい思い出がある。藤巻は豊田電車区に転勤する前は武蔵小金井電車区に所属していた。
 D労組武蔵小金井電車区支部の副委員長を務めていて、毎年の春闘など闘争の指揮をとった。
 一九七三年春闘の時であった。スト突入の日に事件が起きた。前日から組合員は電車区に集合
し、籠城体制をとっていた。拠点のスト指令を受けていて、すべての組合員を結集させ、他の職
場からの支援の動員者と共に気勢をあげていた。早朝にある情報が入った。電車区当局が初電を
動かそうとしているとの通報であった。管理局の支持により指導助役が初電を運転するという。
この挑発的なスト破りはなんとしても阻止しなければならない。スト拠点から一番電車が走った
となると他に与える影響は計り知れない。電車区当局と労組のいわば面子の闘いであった。執行
部は直ちに全組合員を構内前の広場に集合させた。当局を一歩たりとも構内に踏み入れさせない
態勢をとった。ジグザグデモを繰り返す。鉄道公安隊が周囲を取り囲む。周囲は騒然とした気配
に包まれた。
 庁舎前から支持を受けた指導助役を先頭に、局の管理者の集団が労組のピケを突き破ろうとし
て真正面から向かい合った。このデモ対デモの激突には一つの大きな誤算があった。双方の指揮
者も想定しなかったことである。電車区の庁舎前の広場は西側から東に向かって傾斜していて、
労働側は東の平らな広場に陣取り、当局側は傾斜した坂を西側から降りて来てちょうどその接点
で押し合いになった。双方から何十人もの圧力がかかり真ん前に紛れ込んだ指導助役を囲んで揉
み合い、押し合った。怒号が飛んだ。悲鳴をあげる者もいる。管理者の制帽が空に飛んだ。どの
くらい時間が経ったであろうか。デモの中心から騒ぎが起きた。警笛が鳴った。
 「やめろ、やめろ!」
 坂の上の圧力は引くに引けない。労組側が部隊を後退させた。鞄とハンドルを持った指導助役
が押しつぶされ意識を失っていた。人命が危ない。闘争どころではなくなっていた。
 「内臓破裂」
 双方の隊列がひいて収まった時、そんな情報が伝った。救急車のサイレンが未明の街に響いた。
ストライキは一時間で中止になったが、暴力行為の刑事事件に発展しかねない状態であった。事
実は集団と集団との激突で起きた、力学的な偶発事故であった。
 藤巻の運転する電車は武蔵小金井電車区の前を通過して走っていた。さまざまな追憶が過去か
らよみがえり、再び去っていった。
 電車は多摩川鉄橋にさしかかる。轟音と共に多摩川の流れを下に見る。次は日野、そして終点
豊田駅である。日頃の労働、早く解放されたい仕事が、いとおしく感ずる。多摩川鉄橋から遥か
向こうの山並みを眺めると、眼前右に朝日に照らされた秀峰富士山が映えて見える。胸にこみ上
げるものがあった。口許に歌をうかべたいような満たされた感動がこみ上げてくるのを意識した。
「第三閉塞行進!」スピードが上がる。前方の景色が眼前に迫り、後方に飛び去って行く。まも
なく豊田駅に到着する。
 「場内進行!」藤巻は制動弁ハンドルを握り、右に移動させる。電車はゆっくり速度を落とし
ホームに進入する。
 藤巻は前方のホームに人だかりがしているのを認めた。その一団は花束を抱えた労組の仲間た
ちであった。作業服の者もいる。彼らは電車の前頭を発見すると歓声をあげた。ラストランの到
着を祝いに来てくれた仲間たちであった。
 電車は停止目標にピタリと停まる。拍手が起こった。運転台から降りる時、藤巻は照れくさそうに笑いながら挙手の礼をした。
「ごくろうさん、ごくろうさん!」
 藤巻は仲間に肩を叩かれ、それぞれと握手を交わした。その時彼は、一団の輪の後ろに少し離
れて妻の幸江が緊張した面持ちで立っているのを発見した。妻の手には小さな水仙の花束が握ら
れていた。太陽が皆の顔を明るく照らしていた。

(『労働者文学』第75号、2014)
Copyright © 2008 無料ホームページ制作講座 All rights reserved.
by 無料ホームページ制作講座